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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)1287号 判決

原告

甲野一郎

右法定代理人親権者父

甲野二郎

右法定代理人親権者母

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

平場安治

岩佐嘉彦

峯本耕治

山本健司

被告

大阪府

右代表者知事

中川和雄

右指定代理人

毛利仁志

外四名

被告

乙野太郎

右被告ら訴訟代理人弁護士

井上隆晴

青本悦男

細見孝二

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

巖文隆

外一名

主文

一  被告大阪府は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成三年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告大阪府に対するその余の請求、並びに、被告乙野太郎及び被告国に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告大阪府に生じた費用を五分し、その四を原告のその余を被告大阪府の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告乙野太郎及び被告国に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決の一、三項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大阪府及び被告乙野太郎は、原告に対し、各自金一二七万円及びこれに対する平成三年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告国は、原告に対し、金一二七万円及びこれに対する平成三年一〇月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら各自)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  請求の趣旨第2項につき担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告国のみ)

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、平成三年七月一日当時、東大阪市立中学校三年生在学中の少年であったが、後記のように、道路交通法違反(原動機付自転車無免許運転)について嫌疑を受けて検挙されるに際し、警察官から暴行を受けると共に大阪府枚岡警察署(以下「枚岡署」という。)に同行させられて取調べを受け、その後、同事件につき大阪家庭裁判所(以下「大阪家裁」という。)に送致された者である。

(二) 被告乙野太郎(以下「被告乙野」という。)は、当時、枚岡署所属の警察官であり、原告を右道路交通法違反の嫌疑で検挙し、原告を同警察署に同行して取調べを行った者である。

2  事実の経緯

(一) 被告乙野から職務質問を受けるに至るまでの経緯

(1) 原告は、平成三年七月一日午前〇時三〇分ころ、友人のA、B、C(以下、それぞれ「A」「B」「C」という。)らと共にCの自宅の前で、Aの原動機付自転車(以下「バイク」という。)のブレーキ部分の修理を行っていた。

同日午前一時前頃、修理のための工具が足りないことから、原告らは、C及びAのバイク二台に分乗して、Aの家に工具を取りに行くことになった。このとき、Cのバイクの後部荷台にBが、Aのバイク(以下「本件バイク」という。)の後部荷台に原告が乗車して、Cのバイクが先に出発し、続いて本件バイクが出発した。

(2) 原告らは、まず南に向かって進行し、最初の交差点(以下「本件交差点」という。)を左折して少し走ったあたりで、後ろを走っていた本件バイクのブレーキの調子が悪くなり、Aは交差点から約六〇メートル進行した地点(別紙図面×)でバイクを停車させた。

Aは停車後直ちに本件バイクを降り、本件バイクの横に立って、ブレーキ部分を見ていた。

原告は、Aがバイクを降りて運転席が空いたため、後部荷台の座り心地が悪かったこともあって、滑り落ちるような感じで後部荷台から運転席に移動し、運転席に座ったまま、Aと共に本件バイクのブレーキ部分を見ていた。

先行していたCらも、Aが運転する本件バイクが停車したのにすぐ気づき、数メートル先にバイクを停車させ、近くに寄ってきた。

(3) 原告とAは、このとき、交差点付近を進行してくるバイクの存在に気づいたが、特に気に止めること無く、ブレーキ部分を見続けていた。その後、そのバイクは原告らのいる地点から数メートル離れた地点に停車し、一人の警察官(後に被告乙野であることが判明)がバイクから降りて、原告らに近づいてきた。

(二) 被告乙野から職務質問を受けた時の状況

(1) 近づいてきた被告乙野は、運転席に座っていた原告に対し、突然、激しい言葉使いで「免許証出せ」などと言ってきた。

原告は、即座に「持っていない」「運転していたのはA君や」と答えたが、被告乙野は原告の説明を全く聞き入れず、しばらく押し問答が続いた。このとき、横にいたAも、被告乙野に対し「運転していたのは俺や」と主張したが、被告乙野はAの主張にも全く耳を貸そうとせず、かえって冷静さを失い、突然「俺はお前が単車に乗っているのを見た」などと言いながら、原告の首根っこをつかんで、バイクから引きずり下ろした。更に被告乙野は、原告の髪の毛をつかんで左右に振り回した上、そのまま髪の毛を引っ張って、現場南側の駐車場(別紙図面A)前の植木のあたりまで連れていき、その場所にあった草むらに押しつけ、その上、足をかけて転倒させるなどの暴行を加えた。

その後、被告乙野は、原告の髪の毛や首のあたりを引きずって、現場北側の屋根付駐車場に移動し、同駐車場内において、原告に対し、「本当のことを言え、俺は見たんや」等と脅迫的言辞をもって激しく自白を強要したが、原告はあくまでも否認し続けた。

(2) 被告乙野は、更にA、C、Bを一人ずつ順に駐車場に呼んで、職務質問を行い、「免許をなくしたいんか。なくしたくなかったら、正直にいわなあかんぞ」「車の免許も取れんようになるぞ」等と脅迫して、原告が運転していた旨を供述させようとした。

Aは、あくまでも自分が運転していた旨を供述し続けたが、C、Bは、当初はAが運転者である旨供述していたものの、原告に対する暴行を目の当たりにしていたため、自分も同様に暴行を受けるのではないかとの恐怖心から、途中から「前を走っていたので見ていない」と供述を変えるに至った。

(三) 警察署に同行され取調べを受けたときの状況

(1) その後、CとBは帰宅を認められたが、原告とAは、応援に来たパトカーに乗車させられ、枚岡署に連れて行かれた。

(2) 同警察署において、原告は被告乙野から引き続き取り調べを受け、同様に脅迫的言辞により自白を強要されたが、あくまでも否認し続け、最終的に否認調書が作成された。

Aも他の警察官から取調べを受けたが、最後まで供述を変えず、Aが運転していた旨の調書が作成された。

(3) 原告は、その後、午前四時頃に、枚岡署からの連絡を受けて身柄引受けに訪れた両親と共に帰宅した。

(四) 大阪家裁への送致と同家裁の決定

(1) 原告は、平成三年一〇月二三日、大阪地方検察庁所属の丙野次郎検察官(以下「丙野検察官」という。)により、右事件につき「公安委員会の運転免許を受けないで、平成三年七月一日午前一時五分頃、大阪府東大阪市箱殿町八番一四号付近道路において、原動機付一種自転車を運転したものである」との送致事実(以下「本件送致事実」という。)で、大阪家裁に送致された。

(2) 大阪家裁は、平成四年一一月二日、本件送致事実につき「非行事実なし」との審判を行った。

同審判は、本件交差点において原告が運転していたのを現認した旨の被告乙野の供述の信用性を全面的に否定し、他方、AおよびBらの供述・証言の信用性を全面的に認め、同時に、被告乙野の原告に対する前記暴行の事実を明確に認定した。

3  本件各不法行為とその違法性

(一) 職務質問時の暴行等とその違法性

原告は、質問を受けた当初から一貫して無免許運転の事実を否定し、しかも、実際に運転していたA自身も当初から自分が運転していた旨を明確に供述していたにもかかわらず、被告乙野は検挙に際して自らの一方的な思い込みに基づき、原告に対し前記のような暴行・脅迫を加えて自白を強要したものであり、かかる行為が不法行為を構成することは明らかである。

(二) 警察署への同行・取調べとその違法性

原告はその後、パトカーで枚岡署に同行させられ、取調べを受けたが、このパトカーに乗車させられた時点において、原告は、その直前の(一)の暴行・脅迫による恐怖心・精神的動揺等から自由意思を完全に制圧された状態にあり、もはや、この同行は任意同行とはいえず、実質上の逮捕に該当するものである。

したがって、右同行は逮捕状に基づかない逮捕として違法性を帯び、さらに、それに基づいて行われた右取調べも違法性を帯びる。

(三) 検察官の家裁送致とその違法性

検察官が、少年事件において事件を家庭裁判所に送致するについては、少年法四二条の規定に照らして、成人に対する公訴提起の場合と同様に、事件送致の時点において、警察並びに検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得たであろう証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により非行事実の存在を認めることのできる程度の嫌疑の存在が、要求されるものと解される。特に本件のように被疑少年が一貫して否認している事件においては、検察官に特に慎重な判断が要求される。

ところが、本件事件においては、原告の供述調書及びAの供述調書は明確に非行事実が存しなかったことを述べており、結局、嫌疑を裏付ける証拠としては原告の無免許運転の事実を確認したとする被告乙野作成の捜査報告書及び同人立会いの実況見分調書があっただけであるところ、その内容においては不自然・不合理な点が多く存在したのであるから、警察が現に収集した証拠資料だけをみても非行事実の嫌疑が存在するとは言えなかった。さらに、原告や関係者の取調べ、あるいは本件バイクの検証や再度の実況見分を実施するなど、右のような事案で検察官に通常要求されている程度の補充捜査を遂行しておれば、警察が収集した証拠資料は不自然・不合理であり、それらからは非行事実についての嫌疑が裏付けられないことが分かったはずである。ところが、検察官は、これらの補充捜査を行なわないままに、警察からの事件送致後わずか三日間で漫然と事件を家庭裁判所に送致した。少年事件であるからといって、否認事件について全く補充捜査や裏付け捜査を行なわないかかる送致が許されるいわれはなく、検察官の家庭裁判所への右送致行為は明らかに違法である。

4  被告らの責任

(一) 前述のとおり、①職務質問時の暴行・脅迫、②警察署への同行と取調べ、③家裁への送致は、いずれも、公務員がその職務に関連してなした違法な行為であるから、被告乙野の職質問時の暴行・脅迫、警察への同行・取調べについては大阪府が、丙野検察官がなした家裁への送致については国が、それぞれ国家賠償法第一条に基づき責任を負う。

(二) さらに、被告乙野のなした行為は故意になされた職権濫用による違法行為であるから、被告乙野個人も民法七〇九条に基づき責任を負う。この点について、公務員の個人責任を否定するかのような最高裁の判例は、いずれも本件事件についての先例性に乏しく、かえって、学説や下級審裁判例はこれを肯定する方向にある。

5  原告の損害

(一) 精神的損害

(1) 原告は、被告乙野の前記暴行・脅迫により肉体的苦痛のみならず、恐怖心・絶望感等の堪え難い精神的苦痛を味わったのであり、その精神的な損害額は少なく見積もっても金一〇〇万円を下らない。

(2) さらに、原告は、本来避けることができたはずの家裁送致を受けたことにより、必要のない手続的負担を被り、また、名誉・信用が害される等の精神的苦痛を味わった。その損害額は少なく見積もっても金一〇〇万円を下らない。

(二) 弁護士費用

原告は、右損害の賠償を求めるため本訴の提起を余儀なくされたが、事案の性質上、弁護士にその提起、追行を委任せざるを得なかったところ、原告が訴訟代理人らに支払うべき弁護士費用は、日本弁護士連合会作成の報酬基準に基づき合計金五四万円(被告大阪府及び被告乙野に対する損害賠償につき金二七万円、被告国に対する損害賠償につき金二七万円)が相当である。

6  以上より、原告は、被告大阪府に対しては国家賠償法第一条に基づき、被告乙野に対しては民法第七〇九条に基づき、各自金一二七万円の支払いを求め、被告国に対しては国家賠償法第一条に基づき金一二七万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告大阪府、被告乙野)

1  請求原因1(一)、(二)の事実のうち、原告が警察官から暴行を受けた者であることは否認するが、その余の事実は認める。

2  請求原因2(一)の各事実のうち、平成三年七月一日午前一時すぎころ被告乙野がバイクに乗っていた原告らを職務質問しようとしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)の各事実のうち、被告乙野が原告を職務質問した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同(三)の各事実のうち、原告が脅迫的言辞により自白を強要されたとの事実は否認するが、その余の事実は認める。

同(四)の各事実のうち、送致事実の詳細及び審判の理由は不知。その余の事実は認める。

3  請求原因3(一)、(二)の事実及び主張はこれを争う。

4  請求原因4の主張は争う。

5  請求原因5の事実は争う。

(被告国)

1  請求原因1(一)、(二)の事実のうち、原告が警察官から暴行を受けた者であることは不知。その余の事実は認める。

2  請求原因2(一)ないし(三)の事実は不知。同(四)の事実は審判の理由の詳細を除いて認める。

3  請求原因3(一)、(二)は不知。同(三)の主張は争う。

4  請求原因4の主張は争う。

5  請求原因5の事実は不知。

三  被告らの主張

(被告大阪府及び被告乙野)

以下に述べるとおり、原告の無免許運転の事実は明らかであり、また、警察官に暴行の事実は全くないし、原告の警察署への同行・取調べに違法はない。

1 本件事件認知と原告らを枚岡署に同行するまでの経緯

(一) 平成三年七月一日午前一時五分ころ、被告乙野がバイクに乗って東大阪市鳥居町囚番一二号先の本件交差点の西方道路を時速約二〇キロで東に向かって警ら中、高いエンジンの音をさせて二人乗りしたバイク二台が時速約二〇キロで本件交差点の北から左折して東方に走っていった。その後方のバイクを運転していたのは灰色のTシャツを着た少年であり、以前に少年補導で顔を見知っている原告と思われ、後部荷台には白地に黒っぽい横線入りのシャツを着た少年(後にAと判明)が乗っていた。

(二) そこで、被告乙野は職務質問すべく右バイクを追尾したところ、誠和工業前付近で「アッ、ポリや」という叫び声が聞こえ、後方のバイクの後部荷台に乗っていた少年が飛び降りた。それとともに二台のバイクはその少し先で停車した。

被告乙野は、後方のバイクの左側に自らのバイクを停め、後方のバイクの運転席にまたがりハンドルを握っていた原告に「お前はまだ原付の運転はできないだろう」というと、原告は「俺は運転なんかしてへん、運転していたのはこのバイクの持主のA君や」といい、そばに来ていたAも「運転していたのは俺や」というので、「見え透いた嘘をつくな、交差点を曲った時から甲野が運転しているのを見ているんだぞ」といって現認状況を説明した。また、Aからは運転免許証を出させて氏名等を確認した。

(三) そのころ、清水浩巡査がバイクで到着した。また、そのとき自動車が近づいて来たので、被告乙野は、原告にバイクを道路脇の方に移動させ、自分のバイクも移動させた。

被告乙野は、清水巡査に前のバイクを運転していた少年を指示して、「前のバイクの運転手は、ノーヘル違反だから、点数切符を切ってくれ」と頼んだ。その後、つづいて牧野光春、森幹雄両巡査もバイクで到着し、森巡査がバイクのぞう品照会を実施した。

(四) その後被告乙野は、再度原告とAに運転していた者が誰かを聞いたが、あくまでAが運転していたというので、二人を分離して聞くこととし、原告に「あっちの駐車場で事情を聞かしてくれ」といって原告の左肩付近に右手をかけ同行を促したが、原告がそちらに行こうとしなかったので、原告の首筋付近に右手をあて、左手を腰付近にあてがって前方に押し出すような格好で同行しながら道路斜め北側の駐車場に向かった。しかし、途中で原告が自ら前に歩きだしたので、その手を放した。

(五) 被告乙野は、北側駐車場で、原告から事情を聞き始めたが、雨が降りだしたので西隣の屋根付駐車場に移り、原告に問い質した。しかし、原告は「俺は運転していない」の一点ばりであったので事情聴取を打ち切って、他の警察官と少年が雨宿りをしていたプラモデル店のテントの下のところに原告と共に行った。

(六) 次いで、被告乙野は、Aを屋根付き駐車場に同行して事情を聴き、「もし、お前が運転していたら、運転しているお前が飛び降りたら、動いているバイクはこけるんとちがうか」と追及しても、Aはこれには答えず「運転していたのは俺や」と主張するだけであった。

そこで、前のバイクに乗っていた二人の少年(C、B)を屋根付き駐車場に同行して事情を聞いたところ、最初は「Aが運転していた」といっていたが、現認時のくい違いを追及すると「前を走っていたので知らない」と供述を変えた。

(七) 以上の状況から、被告乙野は、原告を無免許運転容疑、Aを無免許運転幇助容疑で本署において再度事情を聴取して調書を作成する必要があると考え、パトカーを要請して原告とAを枚岡署に同行した。この同行には原告、Aとも率直に応じた。

なお、原告運転のバイクについては、森巡査が運転して枚岡署に搬送した。

(八) 現場におけるこの少年らからの事情聴取の間、被告乙野は、原告に暴行を加えたことは一切ないし、少年らに強迫的な言辞を述べたことも一切ない。

2 枚岡署における取調べの経過

(一) 枚岡署において、被告乙野は、原告を公かいの執務机に坐らせて事情を聞き始めたが、暑いとのことであったので、クーラーのある食堂に移って、そこで供述調書を作成した。そこでも、原告は、Aが運転するバイクの後ろに乗っていたと供述した。

(二) 他方、Aについては、牧野巡査が交通課室で取調べを行い、供述調書を作成した。そこでは、Aは原告を後部荷台に乗せてバイクの運転の仕方を教えながら運転していた旨供述した。

(三) 被告乙野は、供述調書作成後、原告宅に電話して原告の母親に身柄引受に来るように依頼した。母親が来るのを待っている間、原告は警察にある自分のバイクの返還手続を尋ね、教示を受けたりしていた。

(四) 午前三時四〇分ころ、原告の両親が来署したので、被告乙野はこれまでの事情を説明したところ、原告の母は「すみません、子供がお世話になりました」と言って原告、Aとともに午前四時ごろ帰宅した。

(被告国)

原告に対する道路交通法違反事件につき、担当の検察官は、平成三年一〇月二一日司法警察員から本件事件の送致を受けたが、証拠関係を検討し吟味した結果、犯罪の嫌疑があると思料されたため、同月二三日付けで右事件を大阪家庭裁判所に送致したものであり、右捜査と手続きの過程に何ら違法な点は存しない。すなわち、

1 検察官が、送致を受けた右事件の関係記録によれば、現認の被告乙野において「アッ、ポリや」と叫ぶ声を聞き、それと同時に後続の原動機付自転車の荷台に乗っていた少年(A)が飛び降りたというのである。そして、同記録によれば、その数メートル先で二台の原動機付自転車が停車し、後続していた原動機付自転車には、原告がハンドルを持った状態でまたがっていた状況も明らかである(被告乙野作成の平成三年七月一日付捜査報告書)。

右の状況については、現認警察官である被告乙野の認識に錯覚の生ずる可能性は乏しく、また、その間に、運転者が交替することはおよそ考えられないので、本件バイクの運転者が原告であったとする右捜査報告書の内容は合理的であり、信用するに足るものである。

2 他方、原告は運転の事実を否認し、運転していたのはバイクの持ち主のAである旨弁解しており、Aもこれに沿う供述をしているのであるが、同人は、原告が運転免許を有していないことを熟知しており、被告乙野と原告のやり取りを傍らで聞いて、「運転していたんは、A君や」という原告の否認に同調したことがうかがわれる。また、右Aの供述内容は、原告を後部荷台に乗せ運転を教えていたというもので、「A君のバイクを修理しようとした」旨述べている原告の弁解との間に矛盾があるばかりか、警察官に発見されて停車したときの状況については何も述べておらず、右停止時に、同人がバイクの傍らに立ち原告が運転席に座っていた経緯等に関して合理的な説明すらなされていない。

3 さらに、先行のバイクに乗車していた二名は、「前を走っていたので何も分からない」と弁解しているが、共に行動していた仲間が後続バイクの運転者を知らないのはいかにも不自然であり、この事実は右両名が被告乙野の暴力を恐れたからというより、原告を庇おうとした結果による可能性が強い。

4 以上のほか、捜査段階における関係記録を総合すれば、前記道路交通法違反事件につき、原告の無免許運転事実を疑うに足る証拠は十分であったというべく、担当検察官において、犯罪の嫌疑があるものと思料し、保護観察相当の意見を付して事件を大阪家庭裁判所に送致したことには、何らの違法はないものというべきである。

第三  証拠 本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は、原告が警察官に暴行を受けた者である点を除いて当事者間に争いがない。同2(事実の経緯)の事実のうち、平成三年七月一日午前一時すぎころ、被告乙野が原告を職務質問したこと、被告乙野は原告らを枚岡署に同行して原告の取調べを行い、他の警察官がAを取調べたこと、両名の調書は本件バイクはAが運転していたという内容であったこと、原告は同日午前三時四〇分ころ身柄引受に来た両親とともに午前四時頃帰宅したことは、原告と被告大阪府、被告乙野との間では争いはなく、被告国との間でも後述のようにこれを認めることが出来る。また、丙野次郎検察官が平成三年一〇月二三日原告に対する道路交通法違反事件(無免許運転)を大阪家裁に送致し、同家裁が平成四年一一月二日「非行事実なし」として原告を保護処分に付さない旨の決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各不法行為(請求原因2(二)以下及び同3)の成否を検討するのに先立って、請求原因2(一)(職務質問を受けるに至るまでの経緯)の事実について判断する。

1  前記争いのない事実といずれも成立に争いのない(以下書証の成立はすべて争いがない)甲第一ないし第八号証、第一〇ないし第一五号証(第一二号証は枝番を含む)、乙第三ないし第一〇号証、第一二、一三号証、及び、証人甲野花子、同A、同Dの各証言、原告・被告乙野太郎各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、平成三年七月一日午前零時ころから、友人のA、B、Cらと共にCの自宅前でA所有の本件スポーツタイプのバイクのブレーキの修理を行なっていたところ、修理に必要な工具が不足していたことから、同日午前一時ころ、CのバイクとAのバイク二台に分乗してA宅へ工具を取りに行くことになった。

その際、CのバイクにはCが前部に乗車して運転し、その後部荷台にBが乗車し、Aの本件バイクにAが乗車して運転し、後部荷台には原告が乗車した。C運転のバイクが先に出発し、続いて、その後方約五ないし一〇メートルのところを、A運転の本件バイクが続いた。

(二)  原告らは、時速約二〇ないし三〇キロメートルで、まず南に向かって進行し、本件交差点を左折して東進したが、運転者であるAは、本件バイクのブレーキの具合が悪いので交差点から約六五メートル余り進行した地点(別紙図面×)で本件バイクを停車させエンジンを切った。停車後すぐAは本件バイクを降り、バイクの横に立ってこれを見ていた。原告は、Aがバイクを降りた後、地面に両足を着けたまま座り心地の悪い荷台から前方の座席シートへ滑り降りるような形で移動し、ハンドルを握った状態で車体後部のブレーキを見ていた。先行していたCらも、本件バイクが停車したのに気付き、本件バイクの約二〇メートルくらい先に停車し、B、ついでCがバイクを降りて近くに寄ってきた。

(三)  そのとき、原告とAは被告乙野の乗ったバイクが本件交差点方向から本件バイクの方へ向かってくるのに気が付いた。そして、ややあって、被告乙野の乗ったバイクが本件バイクの左横に停車し、その後、本件バイクに跨がっていた原告は、被告乙野から免許証の提示を求められ、職務質問を受けるに至った。

2  これに対し、被告乙野の当裁判所での本人尋問の結果、家庭裁判所での証言(甲四)、同人作成の捜査報告書(乙四)、同人立会いの実況見分調書(乙九)(以下合わせて「乙野供述」ともいう。)によると、同人は本件交差点の手前を警ら用のバイクで東進してきたところ、交差点の手前約23.4メートルの地点で、本件交差点の左方道路から、先行するバイクに続いて小柄で灰色のTシャツを着た原告に酷似した者が運転し、白地に黒の横線入りシャツを着た者が後部に同乗している本件バイクが、時速約二〇キロメートルの速度で一時停車することなく本件交差点に進入して左折して東進したのを現認した、そこで、被告乙野は、バイクを時速約四〇キロメートル位にまで加速して追尾したところ、その後理由はわからないが、先のバイクが二台とも徐々に減速し、後行する本件バイクが時速五キロくらいになったときその後部に乗車していた少年が飛び降りた、その直前には「ポリや」との声が聞こえた、そこで同警察官は、停車した本件バイクの横にすばやく停車し、本件バイクの運転席にいた原告に免許証の提示を求めたというものである。

しかしながら、右乙野供述は、家庭裁判所の審判(甲一)や付添人の意見書(甲一四、一五)でも指摘されているように、前掲各証拠に照らして採用できないというほかはない。すなわち、被告乙野が本件バイクが交差点を左折する際に原告に酷似した者が本件バイクを運転しているのを現認したということについては、被告乙野から見て本件交差点の左側は見通しが悪いのでそこから一時停止もせずにいきなり交差点に進入して左折進行した二人乗りのバイクの運転者を確認できるのは、被告乙野の走行してきた位置からすると時間的にも一瞬のことで、角度的にも横顔から後頭部にかけてであること(甲一一、一二、乙九)、当日は曇り日の夜間のことで、交差点の水銀灯や信号灯の位置からすると運転者の顔面は逆光気味で光の影になり識別しにくく、乙野供述による目撃距離からでさえ運転者の顔や着衣(灰色と白のシャツの場合)の識別はほとんどできないこと(甲一一、一二)、被告乙野が原告の顔を予め十分知っていたとは認められず、目撃に備えていたものでもないこと(乙野供述)、さらには、前記認定のように原告らが停車してから被告乙野がその場に到着する迄にはある程度の時間(原告によると一〇秒前後・甲七)があったことが認められ、かつ、乙野供述でも追尾中同人のバイクは時速四〇キロメートル位にまで加速し他方本件バイクは途中で徐々に減速したとされていることなどからすると、目撃時の本件バイクと被告乙野のバイクは実際には乙野供述よりもはるかに離れていたことが窺われることなどに照らして、乙野供述は採用することができない。また、乙野供述中の追尾中に「ポリや」との声が聞こえ本件バイクの後部座席に乗っていた少年が飛び降りたという点についても、飛び降りる必然性がにわかに見い出し難く、かつ、被告乙野がすばやく自車を本件バイクの横に止めたときには右の飛び降りた者も既に本件バイクの傍ら(前輪の前)に立っていたという点が不合理で、仮にそのとおりだとすると飛び降りた少年はバイクに追随してバイクの停車時にその前にいたということになるが、乙野供述はこの点に終止触れていないことや、「ポリや」という声が聞こえたという点と本件バイクがなぜ停止したか不思議に思ったという供述にはそぐわない点があり内容的にも変遷があること、前記のように本件バイクと被告乙野のバイクが当初かなり離れていたとすると、追尾していた被告乙野において本件バイクが停車した後Aがバイクを降りたのを見間違えた可能性も十分考えられるなどに照らしても、乙野供述は採用することができないのである。

他方、原告やA、Bらの供述は、検挙当時及び家庭裁判所での供述、本件訴訟での供述(原告本人、証人A)を通じて重要な点で一貫しており、その内容にも不自然、不合理な点は認められない。なお、証人森幹雄は本件バイクのブレーキに異常はなかった旨を証言するが、右証言は、検挙当時から原告は本件バイクを修理しようとしたができなかった旨を供述していたのに(乙六)当時この点を追求された形跡はなく、当時本件バイクの検分もされておらず右証言を裏付けるものは全くないこと、反対にブレーキが故障していたので修理しようとしていた旨の証人Aの証言や原告本人尋問の結果は一貫しており被告乙野の到着以前に本件バイクが自ら停車しAが傍らに立っていた状況などとも符合して合理的であることなどに照らして、採用できない。

3  以上のとおりで、本件検挙当時原告は本件バイクを運転しておらず、原告の被告乙野に対する弁解は、事実に即したものであったと認められる。他方、被告乙野は二人乗りのCのバイクと本件バイクとが交差点を左折したのを目認し、追尾したが、当初距離があったことなどから、Aがバイクを止めて降りたのを後部座席の少年が走行中に飛び降りたものと誤認し、本件バイクの横に停車した際に運転席に座っていた原告が本件バイクを運転して来たものと思い込んでしまったものと推認することができる。

三  次に、被告乙野の職務質問時の暴行等の事実の有無について検討する。

1  甲第一ないし第六号証、第八号証、第一〇号証、第一二ないし第一五号証(第一二号証は枝番を含む)、乙第四ないし第六号証、第一二、第一三号証、及び、証人甲野花子、同A、同D、同清水浩、同牧野光春、同森幹雄の各証言、原告本人、被告乙野太郎各本人尋問の結果を総合すると次のような事実が認められる。

(一)  被告乙野は本件バイクの横に停車した後、本件バイクの運転席に座っていた原告に対し、免許証を出せと要求したが、原告は、俺乗ってないから関係ないやんといってこれに応じなかった。被告乙野は、見えすいた嘘をつくな、交差点を曲がった時からお前が乗ってるのを見ているなどと追及したが、原告は、乗っていたのはAであると主張し、Aも、俺が乗っていたのだと答えた。しかし、被告乙野は納得せず、乗ってるのを見たなどとして原告との間で押問答が続いた。被告乙野は大きな声で原告を糾問し、興奮したうえ、右手で原告の後頸部(「首根っ子」)を後から掴み、本件バイクの運転席から引き降ろし、後頸部を掴んだまま別紙図面Aの駐車場の入口の生け垣(入口の西側)の端の電柱の付近まで連れて行き、原告を生け垣に押しつけ、あるいは後頸部を掴んだまま足払いを掛け、地面に手を着いた原告の髪の毛を掴んで引き起こし、前かがみになっている原告の髪の毛を掴んで別紙図面Bの駐車場まで道路を横断して連行した。その際、原告はAに対し警察官の暴行を非難し牽制する意味で「見といてや。」とはいったものの、特に抵抗することはなかった。同駐車場で被告乙野は原告の髪の毛を離したが、その後も、正直に言えとか、乗っているのを見てるとか、正直に言わんと鑑別所に送るなどと申し向け自白を迫ったが、原告はあくまでも運転の事実を否認した。

(二) その後、被告乙野は原告にAと交替するように命じ、右駐車場でAを取調べた。しかし、Aも本件バイクを運転していたのはA自身であるとの供述を変えなかった。さらに、被告乙野は、同所で引き続きCとBを調べた。Bは当初、被告乙野の質問に対して原告ではなくAが運転していた旨を答えたが、先に原告が被告乙野から暴行を加えられたのを見ていて恐怖心を抱いていたことから、被告乙野の追及を受けてはっきり見ていないと答えを変えた。

(三) その後、CとBは帰宅を認められたが、原告とAは間もなく応援にきたパトカーに乗車して、枚岡署へ連れて行かれた。なお、右パトカー乗車の際などに、被告乙野らが原告らに対し特に暴力を加えたことはない。また、原告らも同行に応じない態度を示したりすることはなく、素直に応じて乗車し、枚岡署に同行した。

(四)  枚岡署に到着後、玄関先で、原告とAは警察官に言われてAのバイクで実際にAが前に乗った状態から先に降り原告が前の座席に移動した状態をやって見せたのち、原告は被告乙野から、Aは牧野巡査から取調べを受けたが、供述内容は前と変わらなかった。なお、原告が被告乙野から取調べを受けた際、当初は一階の保安係で取り調べていたが、原告が暑いと申し述べたのでクーラーの効いた食堂で取り調べた。原告の取調べ自体は三〇分程度で済んだ。取調べ後、警察の連絡により原告の両親が迎えに来るまでの間、原告は被告乙野に対し、友人が乗っていたバイクが枚岡署に押収されているが、そのバイクを返してもらえないのかなどと尋ね、その返還手続きを教えてもらっている。その後、原告は同日午前三時四〇分ころ身柄引受に来た両親とともに午前四時頃帰宅した。

(五)  原告は、職務質問の際に被告乙野から前記のような暴行を受けたことを両親には黙っていた。しかし、翌二日の夕食の際、原告の母親甲野花子が原告の首の後に痣があるのに気付いて聞いたことから、原告は暴行の件を母親に話すに至った。

驚いた母親は、父親の帰宅を待って同日午後一一時過ぎ枚岡署に赴いて事情の説明を求めた。その後、枚岡署からの調査があり、原告は、暴行時の状況を図面(乙一三)に書いて説明したりした。

他方、取調べ当日の夜帰宅したAは、母親のDに対し、警察官が甲野君が運転したと言い張って甲野君に暴力を振るった、震え上がった旨を話した。Dは警察官がそんなことをするのかと問い返したが、目の前でみた本当のことで他の二人も震え上がったということであった。その後枚岡署から調査に来たのでDは右のような事情を話し、Aにも来て欲しいと言うことであったので後日出頭させた。Aが当夜Dに暴行の事実を話していたことは、少年事件の付添人がAに事情を聞こうとした際に偶然明らかになり、陳述書(甲一〇)として家庭裁判所に提出された。

2  これに対して、被告乙野は家庭裁判所での証言や当裁判所での本人尋問で、暴行の事実を否認し、少年達から別々に事情を聞こうとして原告に駐車場の方に行くことを促したが応じようとしなかったことから、途中まで原告の首筋に右手をあてがい左手で原告の腰を前に押すような格好で駐車場の方に行ったに過ぎないと述べ、応援の警察官である証人清水浩、同牧野光春、同森幹雄も一致して全く同様の事実を各自目撃している旨を証言する。

しかしながら、これらの供述や証言等は、その内容自体やや不自然な感を禁じ得ないのみならず、原告を始めA、B、甲野花子らの家庭裁判所での具体的で迫真性のある供述や被告乙野への質問(甲三ないし六、八)、前記Dの陳述書(甲一〇)、当裁判所での更に具体的で詳細な原告本人尋問の結果、証人A、同甲野花子、同Dの証言、原告が平成三年七月六日に被告乙野の暴行の調査に当たった警察担当者に対して被害状況を説明するために記載した前記図面(乙第一三)の内容などと対比して、到底信用できない。

原告の主張に添ったこれらの証拠は、暴行の態様や場所、程度などについてそれぞれ多少の相違があり、一部は伝聞などによって誇張されているのではないかと疑われる部分や、少年たちの語彙や表現力の乏しさのために適切な言い表しができていないと思われる箇所や、記憶が曖昧になっている部分もあるが、被告乙野が否認を続ける原告の後頸部を掴んでバイクから引き降ろし、一旦道路南側の駐車場の生け垣の所まで連れていって生け垣に押しつけたことや、足払いを掛けたこと、髪を掴んで道路北側の駐車場まで引っ張っていったことなどの基本的な部分においては一貫していて迫真性がある。また、原告とAが暴行の当夜あるいは翌日、別々に各母親に暴行を受けた事実を話し、母親らが、少年らの日頃の非行は非行として、その話を信じて警察に調査を求めていることなどは、到底作りごととは考えられないのである(ちなみに、前掲証拠によると、警察は右の申し出を受けて当時の上司が原告やAからの聞き取りを行い、被告乙野からも事情聴取していることが認められるが、本件訴訟においては、原告代理人からの文書提出命令の申立を切っ掛けに、当時原告が作成し警察において保管していた前記乙第一三号証の図面(図面には各地点に番号が振られており、別にその内容を説明するものがあったのではないかと考えられる。)が提出されただけで、他に、当時の調査結果を明らかにする資料は提出されていない。)。

四  被告大阪府の損害賠償義務について

1 前記認定のように被告乙野が原告に対し職務質問を行うに際し、無抵抗の被疑者である原告の後頸部を掴んでバイクから降車させた上、生け垣に押し付け、あるいは、足払いを掛け、髪を掴んで引き起こして事情聴取の為に連行した行為(以下「被告乙野の暴行」という。)が、職務質問の範囲を逸脱し、違法であることはいうまでもない。なお、右暴行は、原告に気勢を示して自白を迫るという意味では脅迫にも当たり得るが、その態様や継続時間などに照らしてそこまでの意図を以てなされたか否かには疑問が残る。その他、前記認定のように取調べに当たって鑑別所収容をいうなど一部不適切な言動があったことが窺われるが、それらが直ちに脅迫にあたり国家賠償法上違法であるとまでは解されない。

次に、原告は、その後の枚岡署への同行は実質上の逮捕に該当し、それに基づくその後の取調べも違法性を帯びると主張するが、前記認定によると、被告乙野らが原告に枚岡署への同行を求め同署で取り調べを行ったこと自体には、その必要性が一応認められ、また、被告乙野の暴行は職務質問の当初に行われただけで、その後は行われておらず、原告らも素直に枚岡署への同行に応じており、右同行及びその後の取調べが原告らの自由意思を制圧したうえでなされたものとは認められない。したがって、右同行及びその後の取調べが違法であるとはいえない。

2  しかして、被告乙野の暴行は、被告大阪府の公権力の行使にあたる公務員である被告乙野が職務を行うについて故意に行った違法行為であるから、被告大阪府は、国家賠償法一条により、これによって生じた原告の損害を賠償する義務がある。

3  そこで、以下右損害の額について検討する。

(一)  精神的損害

前記認定のような被告乙野の職務質問時の暴行により、原告が著しい精神的な苦痛を被ったことは十分推測することができる。そこで、前記認定のような被告乙野の暴行の態様、それが警察官の職務行為の過程で被疑者に対して行なわれ、被疑者たる立場に置かれた原告において抵抗できないものであったこと、原告が検挙当時は無免許運転をしていたとは認められないこと、暴行の持続時間、原告の年令、その他本件において認められる諸般の事情を総合して検討すると、原告の右精神的な苦痛を慰謝するには金一五万円をもって相当とするというべきである。

(二)  弁護士費用

原告が、不法行為による右損害の賠償を得るために本訴の提起を余儀なくされ、その遂行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任し、相当額の報酬を払う約束をして債務を負担したことは弁論の全趣旨に照らして明らかである。そして、本件事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して検討すると、右弁護士費用のうち少なくとも金五万円は被告乙野の暴行と相当因果関係のある損害に当たるものと解される。

4  よって、被告大阪府は原告に対し、右損害の合計額金二〇万円及び右不法行為の日である平成三年七月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五  被告乙野の損害賠償義務について

公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員がその職務を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任じ、公務員個人は、特別の事情がある極めて例外的な場合を除いて原則としてその責めを負わないものと解すべきである。

ところで、本件は職務質問に当たった警察官が被疑少年に故意に暴力をふるったという事案ではあるが、職務の過程でなされたもので、公務員個人が賠償の責めを負うべき特別な事情も特に認められないから、これによって生じた損害について被告乙野個人は賠償責任を負担しない。

六  被告国の損害賠償義務について

1  原告は、検察官の家裁送致の違法性を主張し、これによる損害の賠償を求めるので、以下、この点について検討する。

少年法四二条によれば、検察官は少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があると思料するとき、又は、犯罪の嫌疑がない場合でも家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、事件を家庭裁判所に送致しなければならないとされている。したがって、検察官が右前段の事由に基づき少年事件を家庭裁判所に送致するに際しては、当該少年に犯罪の嫌疑があると思料されることが要件となることは明らかである。

もっとも、右嫌疑の程度については、現行少年法の構造に照らし、刑事事件の公訴を提起する場合と同程度の嫌疑があることを必要とするか否かについて議論の存するところである。右の少年法四二条が検察官の家裁送致については「犯罪の嫌疑があるものと思料するとき」と規定しているのに対し、同法四五条五号が逆送を受けた少年について公訴を提起するについては「公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料するとき」と規定して異なる表現を用いていることに鑑みると、後者の場合、すなわち検察官が公訴を提起するのは、通常、的確な証拠によって有罪判決を得ることができるとの確信をもった場合に限られ、単に犯罪の嫌疑があるというだけでは足りないと解されるのに対し、前者の場合にあってはより低い嫌疑の程度で足り、検察官の補充捜査の責任も後者の場合に比べて軽減されると解する余地がある。実際にも、誤った家裁送致によって受ける少年の権利侵害の程度は、少年法の制度の理念からしても、刑事事件の公訴の提起による場合に比較して低いものと考えられるから、検察官が家裁送致をする際に要求される犯罪の嫌疑の確実性の程度は、刑事事件の公訴の提起の場合に要求されるそれと比較して、自ずと差異が生ずることは否定できない。しかしながら、その場合であっても、少年の被疑事件が検察官によって家庭裁判所に送致されることは少年の側からみれば一種の不利益処分に当たるのであるから、検察官が事案の性質上当然になすべき捜査を故意又は過失によって怠り、その結果、収集した資料の証拠評価を誤るなどして、経験則上到底首肯しえないような不合理な心証を形成し、客観的には犯罪の嫌疑が認められないのに、「嫌疑があるものと思料して」少年の被疑事件を家庭裁判所に送致したような場合には、その家庭裁判所への送致が違法になることはいうまでもない。

2  そこで、これを本件についてみると、弁論の全趣旨によれば、丙野検察官が本件被疑事件を保護事件として大阪家裁に送致した時点において警察から送致を受けていた資料は、交通事件原票(乙三号証)、被告乙野作成の捜査報告書(乙四号証)、Aの供述調書(乙五号証)、原告の供述調書(乙六号証)、徴収金原票(乙七号証)、告知票(乙八号証)、警察官樋口硬作成の実況見分調書(乙九号証)であったことが認められ、他方、被告乙野が職務質問時に前記認定のような暴行等を働いた事実や、B、Cが当初原告の無免許運転の事実を否定していたことなどは伝えられていなかったものと推認される。

しかして、右の各資料によれば、原告とAは原告の無免許運転の事実を否認していたものの、警察官の作成した捜査報告書及び実況見分調書によると、警察官である被告乙野が原告の運転を現認したことになっており、その時の視界は良好でかつ本件交差点付近は水銀灯や民家の防犯灯もあったことが認められ、かつ、被告乙野が原告らのバイクを追尾し職務質問した際には現に原告がバイクの運転席に座っていたことが明らかであって、右現認状況について特に不合理な点は記録自体の上では特に存在しない。また、右捜査報告書及びAの供述調書によると検挙の時間は午前一時五分であり、原告らは深夜二人乗りの二台のバイクを連ねて走行していたこと、原告は管内の非行少年として知られているもので無免許運転の検挙歴があること、Aも道交法違反の多くの前歴を有し原告に運転を教えていた事実を認める供述をしていることなどが明らかであった。

そうすると、丙野検察官が、送致を受けた右のような捜査資料を総合して、原告に無免許運転の嫌疑が存在すると判断し、原告の否認についても、特に検察官の段階での補充捜査の必要を認めず、これを家裁の判断に委ねることとした判断(ただし、虞犯送致をしたわけではない)は、少年の年齢(当時一五歳)や被疑事実の軽重、さらには、少年事件において検察官の判断に期待される前記のような犯罪の嫌疑の程度のことなどをも考え合わせると、一応は相当な判断であるというべきであって、これが経験則上首肯しえないような不合理な心証に基づくものであるとは到底いえない。

3  したがって、検察官の家裁送致に違法性は認められず、これについて被告国は賠償義務を負担しない。

七  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告大阪府に対して金二〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である平成三年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の賠償を求める範囲で理由があるからこれを認容し、原告の同被告に対するその余の請求並びに被告乙野太郎及び被告国に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小田耕治 裁判官栗原壯太 裁判官中山誠一)

別紙〈省略〉

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